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【穴】10万スタートで3桁目指す日々。ライトが明かす裏カジノ業界人の金回り

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1994年に日本の老舗裏カジノ店からデビューを果たして半年を過ぎたあたりから、オレは日本の首都東京の裏カジノへと場所を移していった。

1996年になる頃には時給2,000円に到達していた。この時の月の給与額は50万円を超えており、お金を稼ぐことと、ディーラーとして頂点を目指すことを目標にひたすら頑張っていた。

19歳の時に購入した真珠ホワイトの日産CIMAに乗り込み、悪友のツレと2人で毎日夜の繁華街がある港区まで通っていた。

夕方17時の開店に合わせて16時過ぎには首都高をカッ飛ばし眠たい目をこすりながら行くのだ。行きの運転は自分がして帰りはツレが運転し、通勤代は折半で払うことにしていた。

悪友のツレとは、老舗のカジノ店で同じ研修生として入ってからの付き合いで、悪友のツレはオレの1ヶ月後に入店してきて、学年は1つ下ではあるが生まれ月は3ヶ月ほどしか変わらないのだ。

当時のオレは20代前半のため遊びたい盛り。朝焼けが見える頃のカジノ店での仕事が終わったあとには、可愛らしいウェイトレスの子たちを誘い出しお酒を飲み、カラオケに行って、その後は別行動をしたりとそれぞれ楽しんでいた。

大体週の半分くらいは、遊びで近くのカジノ店へ行き、ルーレットでチップを増やしてから、小さいレートのバカラ台へ移って更にチップを増やし、大きいレートのバカラで勝負していた。

カジノ遊びに行くときにも悪友のツレと一緒で、お互いに10万円ずつ出し合い、その日の運の良いほうが賭ける方を決めて勝っても負けても折半で行っていた。

この悪友のツレには博才(博打をする才能)が飛び抜けており、最初に買った10万円のチップがすぐに3倍くらいにはなるのだ。

ここで辞めて帰れれば良いのだが、お互いに博打が大好きな人種のため、これくらいでは帰れないのだ。この後から本当の勝負が始まり、レートの高いビックに移って3桁を目指すのだ。

なぜいつも悪友のツレと折半で行うのかといえば、10万円を賭けても20万円を賭けてもビビることがなく、運の良いほうが行うため負けても納得ができるのだ。

さらにはお互いの意見が合った時に大きく賭けることもでき、何より今までこのやり方で勝ってきた。オレひとりで行くときには負ける確率の方が多いのだが、悪友のツレと行った時の方が勝てるし、金額も大きくなるのだ。

悪友のツレもまた、ひとりで行くときには勝ち上がる時はあるが、負ける時の金額が大きく歯止めが効かなくなり痛い目を見ていたのだ。

お昼近くまで女の子と遊んだり、カジノ遊びをしたりしていて、いつも寝るのは昼過ぎになっていた。

若いので数時間の熟睡でその日も遊ぶ元気があり、毎日楽しく過ごしていたが、この時には同棲していた彼女がいたため、いつも怒られ、休みの日には精一杯の奉仕をすることになった。。。

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