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【穴】裏カジノディーラー時代の豪遊生活:プロディーラーダイス物語

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当時日本の裏カジノでディーラーとして働いていた時、一番給料が高かった時は月に250万円ぐらいもらっていた。これには固定給と、店側からのチップが含まれる。

店の売り上げがいい時は、店からこのチップの様なものを貰える。この金額が魅力的な額だったのも裏カジノの魅力だと思う。

僕以外にも、仲間のディーラー達も当時20歳そこそこで、同じ様に大金をもらっていた。同じ世代の友達と比べるとあり得ない豪遊生活を送る事になる。

ほぼ毎晩キャバクラ、カジノ、風俗と繁華街に繰り出すのである。財布の中に100万入っていないと不安になっていた程だ。

当時僕が住んでいたのは祇園の高級マンション。

飲みに行けば周りから社長!社長!と言われ、その場で仲良くなった女の子と海の話で盛り上がり、週明けその女の子とノリでフロリダ州マイアミビーチまで遊びに行ったり(当然旅費全て僕持ちで)。

飲み代も仲間でジャンケンをして負けた人が払うと言う遊びを良くやっていた。こういう遊びを仲間内では「今日も社長ごっこしにいく?」という合い言葉で呼んでいた。

カジノに行っても1晩で50万ぐらい負けるのは当たり前だった。お金の貸し借りも仲間内で頻繁に行われていた。行き先も地元だけでは収まらず、南は福岡、北は北海道と日本中にあるカジノを点々とする。

当時僕が勝った最高金額はバカラで800万円、あの時は20万スタートでやっていて、それがなくなり追加の10万円を出したのが火を付けたキッカケとなり、張れば当たるの状態になって叩きだした結果だ。

僕は周りに知り合いがいっぱいいたので、貸してくれと言われるのを気にしてこっそり10万円チップをポケットの中にどんどん入れて行った。

1シューターが終わりこっそりトイレでいくらあるか数える。何と1時間ぐらいで500万円越えのチップをポケットに溜め込む事に成功。

この勢いはまだまだ止まらず、やればやるだけチップは増えて行き、最高の時点では1,000万円近くまで膨れ上がった。途中少しチップが減って800万円になった時に僕はテーブルを離れる事にする。

その店のマネージャーは僕が勝っている事を知っていて、さらに気を利かせてくれ僕にこっそり換金してあげるからバックを預けてと言われ、僕のグッチのバックの中に800万円分のチップを詰め込んでもらう。

雑談をしながら店を出る事にした僕は、店の人に預けていたバックを持って来てもらい店を出た。

僕のグッチのバックは1万円札の帯でパンパン状態になっていた。この時の気分は何とも言えないもので今でも記憶の中に深く刻まれていて、なんとも言えない至福の感覚が脳裏に残っている。

こんな金額が、当時のカジノでは当たり前のように日々動いていて、その日も僕の金額はテーブルでは大した金額でもなかったので、多分他のプレーヤー達は誰も気づいていなかったと思う。

次の日記念に時計を買いに行く事にする。オメガーシーマスターのチタン製腕時計、当時約50万。金額的にはもっと高いロレックスでも良かったのだが、周りがみんなロレックスだったのと、このオメガ シーマスターに一目惚れしてしまい、初めて高級時計を購入する。

他にも色々時計は集めていたが、今でも気に入って使っているのは結局、このオメガシーマスターのみとなる。

あと当時車のローンが250万円ぐらい残っていて、ある日突然母親に「ローン返しといて!」と、現金250万円をポンと渡した時は、さすがに母親もびびってしまい、何か悪い事をして稼いだと思われた。説明して理解させるのに時間がかかったのを覚えている。

当時の僕たちはタクシーに乗るのが当たり前、目的地が見えているような時でも、とりあえずタクシー。買い物する時もあまり値段を見て買う事は無かったと思う。

旅行なんかも頻繁に行く様になる。行き先はグアムから始まりサイパン、マイアミ、ニューヨーク、ラスベガス、バンクーバー、バリ、タイ、インド、フランス、オランダ、ベルギー、スペイン、台湾、この世界を見るという事を若いうちにしていた僕は海外生活に憧れて行く。

食事は常に、好きなものを好きなだけ食べる。焼き肉は常に特上のみ。

さらには飲食店を仲間と開業した。お店の名前は『八(はち)』。これは僕の誕生日から取ったのと、末広がりという事で八にきめた。

僕が住んでいた祇園のマンションの近くに貸し物件があり、さらにウインズ(場外馬券場)に向かう通りにある物件だった。

競馬に行くギャンブラー、後はカジノにも知り合いがいたので、そこに出すちょっとした、弁当、おつまみ、ラーメンなどを出す店を開業したのだ。当時の僕たちは、カジノで十分な収入があって、ノリで話が盛り上がり開業する事になっただけなのだ。

売り上げの方も順調だったのだが、仕事の大変さを考えると、カジノの方がかなり楽だったので、約8ヶ月ぐらいで、『八(はち)』をただも同然の金額で友達にゆずった。

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